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土に母性を発見、五百将軍の霊魂を目覚めさせる
2012.06.15 (今) 田殷子 contributor@jejujapan.com

       芸 術 空 間       


済州島最初の土器は高山里遺跡で出土した原始無紋土器と隆起紋土器である。済州の高山里遺跡は今から約7千年から1万年前の新石器時代の暮らしの痕跡を示している。それらの土器こそは済州島のテラコッタ(イタリア語、粘土で造形した陶器の総称)1号ということになるようである。それら済州島の土器の胎土は高山里の粘土で、黄・赤褐色を帯び、高山里一帯で造られてきた伝統甕器の色もそれと変わりない。済州の土が他地域より赤い輝きを帯びているのは、済州が火山島だからである。

「土偶」の「偶」とは、かかしや人形を意味する言葉であり、土偶は「土で作った人形」という意味なのだが、わが国では主に土器に付着した人形を指す。それと似たものとしては、「土俑」があるのだが、それは死者のために殉葬する人の代わりに人の形に作って、墓に埋葬した「土人形」のことを言う。

済州の土で済州の神話を主題にした土偶を初めて作品化したのは、済州石文化公園総括企画団長の白雲哲である。彼は神話をテーマに土偶を作品化した。旅行自由化時代にあって、外国文化が導入されるのを目の当たりにして、だからこそ済州的なものを守らねばならないと考えた。済州らしさが次第に姿を消していくことが悔しいと考えた彼は、済州の神話の探求を始めた。そして出会ったのが「ソルムンデハルマン神話」だった。

   
▲ 済州の神話を主題 にした作品群

ソルムンデハルマンは背丈が45㎞を超える巨女だった。彼女は息子を500人も生んだ。ところがある年、大凶年に襲われて、家族の三度の食事を確保するのも難しくなった。ある日その500人の息子たちは腹を空かせて家に戻り、大きな粥釜を目にし、それをがつがつと食べ始めた。最後に末息子がその釜の底に大きな骨片を発見した。末息子は直感的に、それが母の骨であることを悟り、悲しさのあまり、家から飛び出て、遮帰島まで駆けつけ、その海で固まって将軍石になってしまった。遅まきにその事実を知った他の息子たちも、悲しくて泣き続け、ハルラ山の西南の霊室の499将軍石になった。ソルムンデハルマンは粥を作っているうちに、釜に落ちて死に、自分の肉体でもって息子たちの腹を満たしたのだった。

白雲哲は1970年代の中盤から土偶の制作を始めた。土偶を作る材料は高山里から運んできた。高山里の土は他の地域と比べて、粘性が高く、焼くと済州の溶岩色を発色し、独特な色合いを醸し出した。彼が造る土偶は青灰色の「猫」粘土の奇妙な色を醸し出すかと思えば、或いはまた、火焔の色、赤褐色を帯びた灰色、赤褐色、黄褐色などの微妙で済州独特の色を帯びている。

   
▲ 土偶
彼は土偶を焼く際に、中を空洞にしないで土塊のままで焼く方法を選んだ。岩のような自然さと造形的な深さを増すためであった。土偶を焼くために、1976年に耽羅木石苑に岩を積んで窯を作った。まずは岩を積み、その上から土で固めた後に、雨に備えて瓦を被せて岩窯を完成した。

白雲哲は土と火の出会いによって誕生した形象物に、五百将軍の光り輝く霊魂を見出すようになった。彼はソルムンデハルマンと五百将軍のことを想い、ソルムンデハルマンの母性愛を土で表現しようと努めた。彼は土偶を作っているというより、土の中に母性を発見し形象化しているのだと考えた。

土はあらゆる生命の根源である。生命の誕生は土から始まり、生命を全うして戻っていくところも土である。土には生命の気が流れる。白雲哲が見たのは、生命の消滅ではなく、生成と消滅が同時に併存する済州の火山の地であった。岩は時間の風化によって土になり、土は火に出会って再び岩になって、そこからソルムンデハルマンと五百将軍の霊魂が生まれてくる。たゆまぬ努力によって彼は、土にソルムンデハルマンの母性を発見し、五百将軍の神秘的な霊魂を目覚めさせた。彼の手は次々と、五百将軍を誕生させた。雨が降ったり、外で作業ができない日にも、彼はソルムンデハルマンの母性を想い、五百人の息子たちを捏ね上げた。土偶は、そのようにして五百人の息子たちの神体として完成された。

彼の土偶は岩であり土であり神である。ソルムンデハルマンが済州そのものであるのに対し、その息子である五百将軍たちは済州を構成している万物の構造である。ソルムンデハルマンの肉身が、その肉身でできた粥を食べた五百人の息子たちの体内に均等に行きわたり、それらが一体となった形象、それこそが白雲哲が創造した土偶たちなのである。


                                                   作 家 プ ロ フ ィ ル                                                

        白雲哲(ペク・ウンチョル)

   
 
1944年済州市出生
1969年ソウル芸術大学演劇演出科卒業
1972年形象木20点が地方文化財記念物25号に指定
1976年耽羅木石苑開苑
2001年~現在 済州石文化公園総括企画団長
2006年済州石文化公園開園

 

個展
1970年イスノキ形象木展
1974年樹石展
1988年パリ「フォトタパボール」にて「霊室1」招待写真展
1991年フランスレンヌ市、空間「モノプリ」にて「霊室1」招待展
1992年 フランス・リエヴァンレーベン市立マルチメディアセンターにて、「耽羅木石苑」、「霊室1」招待展、パリ、ソウル、済州にて同時展示。その他、団体展多数


田殷子(李仲燮美術館キュレーター )    contributor@jejujapan.com

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