Update 2012.12.12 水 18:33
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新聞 (全 14 記事 )
·[文化芸術] 神仙も驚歎する瀛州十景

済州の景観の美しさを語る際に、 瀛州十景を逸するわけにはいくまい。古来、瀛州と瀛州山は 神仙が暮らすところだとされ、東アジアの人々が憧憬する所だった。だから、済州の別名「瀛州」と漢拏山の別

·[文化芸術] 土に母性を発見、五百将軍の霊魂を目覚めさせる

芸 術 空 間 済州島最初の土器は高山里遺跡で出土した原始無紋土器と隆起紋土器である。済州の高山里遺跡は今から約7千年から1万年前の新石器時代の暮らしの痕跡を示している。それらの土器こそは済州

·[文化芸術] 済州島の雑穀文化

現在、済州島ではミカンをはじめ、ブロッコリー・キャベツ・タマネギ・ニンニク・ツルニンジンなどの換金作物栽培が主であるが、かつての済州島は雑穀の島であった。そして、島の人々は豊かな雑穀文化

·[文化芸術] 済州の蛇信仰、内七星と外七星

文化コラム 蛇のことを済州語で「ぺヨム」と言うが、昔の済州ではその蛇こそは女性たちが家内で祀る重要な神であった。その信仰の形態にも二種類あり、豊作の神、すなわち富の神である七星信仰と、村の

·[文化芸術] 神の顔を描いた済州島川外祠の巫神図

一つの共同体として同じ起源を持ち、系統を引き継いできた造形的な作品を私たちは伝統美術と呼ぶ。伝統美術は祖先の暮らしの姿が盛り込まれている。伝統美術は生活、儀礼、信仰、趣味、生産と関係した

·[文化芸術] 金永甲、美しい済州の土に戻った人

芸術空間 1982年、一人の写真家が済州にやって来た。その名は金永甲。済州に魅了された彼はソウルと済州を往復しながら、写真を撮った。そしてその後、1987年にはソウル生活を畳み、済州に定着して

·[文化芸術] 邊時志の作品の根源は済州の風土

芸術空間 邊時志の幼い頃の記憶には、済州の強烈な風が刻まれている。高層建築物にぶつかって勢いが弱まった風などではなく、宇宙の果てから押し寄せてくる太初の風。海と島とを区別することなく激し

·[文化芸術] 済州島の門前祭 ‒ 儒教と巫俗の文化的妥協 ‒

金唯正文化コラム 済州島の祭祀儀礼には門前祭という儀式がある。これは、字義通りに、門の神に祭祀を奉じることである。先祖の祭祀の際にはもちろん、秋夕、旧正月の名節にも、最初に門の神に祭祀を

·[文化芸術] 「耽羅国立春クッノリ」から

ふたつの祝賀公演は、若い女の妊娠・出産にまつわる物語であるが …老妻は収穫の終わった冬を象徴し、若い女と子供は新年の始まりである春を象徴している。済州島の立春の祭 1月15日は日本では小正

·[文化芸術] 芸術は遊び、 李曰鐘の中道の世界

芸術空間 創作者には遊びの要素が数多く見出される。芸術にあっては「労働と遊び」が分離しがたく結びついているからである。創作者にとって最も辛いのは、反復的な単純労働だろう。そうした機械的な

·[文化芸術] 岩場の塩田から採る済州島の塩をご存知ですか

人は自然から生まれ自然に戻っていくのが道理だとすれば、自然がくれた生命を守るために、その自然からの賜りものを使うのは人の智慧と言えるだろう。塩は人類が誕生して以来、人間の文明を育て、人間

·[文化芸術] 悲運の天才画家、 李仲燮の生と芸術

李仲燮は1916年9月16日、平安南道で富農の末息子として生まれた。5歳の頃には既に、リンゴを与えると、先ずはその絵を描いてから食べたというほどに絵を描くのを好んだ。1929年14歳で五山高

·[文化芸術] 風化、姜堯培の風と波と星の歌

風化!柔らかなものは固くなり、固くなったものは壊れて散らばり、散らばったものはどこかへ戻っていくものだ。どこかへ戻っていくものは戻ってくるというのが黙示的な定め、我々の人生も風化のように

·[文化芸術] 済州の墓に中国産童子石像

済州の童子石の多くが昔から日本に搬出された。済州童子石が盗掘されて故郷を去ったのである。童子石がどのような経路でそこまで流れて行ったのかは知らないが、それらが日本の邸宅の庭園に立てられた

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